自分の組織を「采配」する

采配

采配

野球選手として落合はすごいなと常々思っていたけれど、あまり読む気にはなれなかった落合さんの本「采配」。正直、なんかひねくれた事がたくさん書いてあるんだろうな、と思っていましたが度肝を抜かれました。私は野村さん信者な訳で「野村ノート」とか今でも読むのだけれど、一気に私のバイブルに躍り出ましたよ。ちょうど次年度計画に悩んでいたので大変参考になりました、という事で自身の備忘録も込めて。
 
野球のチーム采配の話?とか思ってる人もいるでしょう。私もそう思ってました。まぁそうといえばそうなんですが、非常にビジネスに通じるものがありました。野球を知っていたり野球が好きだとより楽しめるって感じでしょうか。
名2遊間だった井端と荒木の劇的なコンバートの理由 
とかは純粋に野球ファンとしても楽しめますし、選手との関係、監督の覚悟、コーチの役割、選手の立ち居振る舞い、最後は幸せって何なのか、とかね。
 

「慣れ」という恐怖

 仕事も「慣れ」とは恐ろしい。「慣れ」とは楽なものでもありそのままにしておくのが心地いいし楽だから、それは衰退の一歩だと思っている。でもそれをやめる楔を打てる人はそうはいない。2つの取引先と非常にいい関係を築けている2人のリーダー、一見うまくいっているようでも、停滞感や後継者の問題に数年後はぶち当たる事は必須だろう。わかっていても行動に移せる人はほぼいない、だって今困ってないから。ここに荒木と井端のコンバート理由があった。

数年にわたって実績を残している レギュラークラスの選手からは、〝慣れによる停滞〟を取り除かなければいけない。 もちろん、こうした私の考えを二人には話し、「挑戦したい」という意思を確認した上でコンバートに踏み切った

落合によると、慣れの停滞を取り除くとともに、2~3年先の井端の後釜の遊撃手を育てておく必要があったから。それを判断して断交したのは落合自身であり、もしもうまくいかなかったらという現実に目を背けないという確固たる意思の結果であった。また、こんな事も書いてあった。

井端も荒木も、新しいことに取り組むのは簡単ではないと実感しただろう。それが次なる成長への糧になり、結果としてチームのプラスに作用してくれればいい。 慣れている安定感を前面に出すか、慣れによる停滞を取り除くか

聞けばそうだし、口で言うのもまぁ難しくはないが、断交するのにどれほどの勇気がいるのか、それは上に立つものなら誰にでも分かる事だろう。

そして組織の崩壊

 いつの時代も仕事もキーマンというものはいるもので、荒木と井端を二遊間のポジションから外そうなどと誰ができる事なのだろう。未来を見据えたらこのままではヤバいな、なんてことは誰でも思うことだろうが、今うまくいっている仕組みを壊すというのは本当に勇気のいる決断であり、できる人はそういない。でもそういっているうちに世代交代すらできずに静かに組織は崩壊していく、みんなが分かっていながらみんなで終わりを見るという最悪の事態になっていくわけだ。

チームリーダーは不要

 チームリーダーは組織には重要なものだと私は思っているが、落合は違うようだ。極論、チームリーダーは不要と考えている。

チームリーダーという存在によって、競争心や自立心が奪われていくことは、組織においてはリスク以外の何物でもない。 気づけば全員そのまま歳を取ってしまっていたでは、チームにも選手一人ひとりにとっても、取り返しがつかないことになる。 組織に必要なのはチームリーダーではなく、個々の自立心と競争心、そこから生まれる闘志ではないか。年齢、性別に関係なく、メンバーの一人ひとりが自立心を持ち、しっかりと行動できることが強固な組織力を築いていく。つまり、一人ひとりが自分なりのリーダーシップを備えていれば、チームリーダーなる存在は必要ない

まぁ極論ではあるが、要はリーダーのせいにして自身で考える事や実施する事を放棄するようなメンバーが育つ可能性がある、という事だ。正直、それは確かに言える。落合は、チャンスの場面で「あの人ならやってくれる」という思いすら、「勝負のかかった場面で人に依存している事自体が勝負に負けている」と厳しめだ。

選手の気持ち

 上にたって選手や社員を率いているとどうしてもその人たちの気持ちを考えてしまう。「しまう」と言ったが、考えないといけないのはもちろんだ。ただし、全員が納得いくようにはできない、という事は割り切りが必要で、嫌われるという事は嫌だけど受け入れないとどうしようもない。何しろ、こっちは人事権を握っているのだから、不遇な状況になる選手や社員も当然いる。その人たちにも嫌われないように配慮するとなれば、もう組織の体をなさなくなってしまう。だから、あの人はいい監督だ、とかあの人はいい上司だ、と言っている裏では一定数あの人の采配や指示・やり方は間違っている、という思いがある事はしょうがない。でもそういった状況を変えるのは、やっぱり自分だという事は教えなければならないといつも思っている。落合氏もこういうように書いていた。

この時代の若い選手に教えておかなければならないのは、「自分を大成させてくれるのは自分しかいない」 ということ

結局、そうとしか言えない。このチームや組織にいてよかったと思えるのは、重用されたメンバなのだから。そうなるように自身を持っていくしかなく、運やタイミングもあるだろうが、そこにこだわって自身が先に進めないようでは、人生を楽しめないのではないだろうか。

どんな世界でも円滑な人間関係を築くことは大切だ。しかし、「上司や先輩が自分のことをどう思っているか」を気にしすぎ、自分は期待されているという手応えがないと仕事に身が入らないのではどうしようもない。物質的な環境がよくないと感じたら、上司に相談したり、改善の提案をすることは必要だが、人間関係の上での環境に関しては「自分に合うか合わないか」などという物差しで考えず、「目の前にある仕事にしっかり取り組もう」と割り切るべき だと思う。 人間味あふれる人と評判の監督が率いるチームでも、「このチームにいてよかった」と心底感じているのはレギュラークラス、すなわち監督に重用されている選手だけだ。

選手は財産

 そう言いつつも、やはり選手で成り立っているプロ野球、社員で成り立つビジネス、である。人は財産なのは間違いない。ここも引用しておく。

球団の財産は選手だ。ならば、どんなことをしてでも選手を守らなければいけない。企業経営者と話をしても、 常に考えているのは「どうやって利益を上げようか」ではなく、「いかに社員とその家族の生活を守っていくか」である。 その目的を達成するためなら、自分は嫌われたって恨まれたって構わない。それが監督を引き受けた時の覚悟であり、チームを指揮している間、第一に考えていたことである。

すべて勝つためには疲労が伴う

 プロ野球ではシーズン130試合をすべて勝つというのは無理なもの、負け試合というのはあるわけである。それでも毎試合勝つために全力を尽くす、というのは非常に選手の疲労が伴ってしまう。勝てそうだから、と延長15回まで全戦力をつぎ込んで最後の最後にやっぱり負けてしまったとなると、次の日の選手の心も体力も相当に疲弊する事になる。そういった試合をどの時点で諦めて次につなげるか、それはトータルで勝つために必要な事なのだ。
 ビジネスで考えると、売上や利益が少ない案件や顧客に対して、無理にそれを上げにいこうとするか、それともそこは成長の場や次につなげるものとして考えて、敢えて落とすという考え方をすべきだろう。すべての案件、顧客に関して売上・利益を同様に求めても社員は疲弊するだけだ、というのは同じである。ただ、それが常態化するのは企業として良くないので、売上・利益が出ているときにはその分析も怠ってはならない、というのが落合氏の考え方だ。

いい結果が続いている時でもその理由を分析し、結果が出なくなってきた時の準備をしておきたい。 そして、 負けが続いた時もその理由を分析し、次の勝ちにつなげられるような負け方を模索すべき

選手や社員が何をしなければならないかを示す

 野球の世界では、監督として重要な事はチームを優勝させる事である。これは勝負の世界なのだからもちろん今年は2位でいい、なんていうオーナーはいないだろう。
これは企業組織でも同じである。そのためには、選手や社員がどうすればよいかという事を示しながら、組織を前に進めていかなければならない。ここは落合氏も同じようだ。

私の監督としての仕事はただひとつ。ドラゴンズを日本一にすることであった。 だが、チームを預かる立場になって強く感じてきたのは、勝った負けたという結果よりも、大切なのは 選手たちを迷子にしない ことなのだということ。私が「日本一になる」とだけ宣言し、その方法論を示してやらなければ、選手たちは何をすればいいのかわからなくなり、チームは迷走してしまう。

采配

 ここはもう落合氏の言葉をそのまま引用する。言うことはありません。

自分が身を置く世界に愛情や情熱を持ち、着実な変革を目指そうとするリーダーは誰なのか。 このことは、球団が監督を、企業のある部署が部長を決める時、つまり身近なリーダーを選ぶ時にも大切な要素なのではないだろうか
人生を穏やかに生きていくことには、名声も権力も必要ないと考えている。 要するに、 仕事で目立つ成果を上げようとすることと、人生を幸せに生きていこうとすることは、まったく別物と考えているのである。 やりがいのある仕事に巡り合えないと思っていても、だから不幸というわけではない。
大切なのは、何の仕事に就き、今どういう境遇にあろうとも、その物語を織り成しているのは自分だけだという自負を持って、ご自身の人生を前向きに采配していくことではないだろうか。
人や組織を動かすこと以上に、実は自分自身を動かすことが難しい。それは、「こうやったら人にどう思われるのか」と考えてしまうからである。だからこそ、「今の自分には何が必要なのか」を基本にして、勇気を持って行動に移すべきだろう。

愛情と情熱もって変革を成し遂げるリーダー、やりがいのある仕事であろうがなかろうが、物語を織りなす自分を前向きに采配する、そして最後は勇気をもって行動する、そういう事だ。