一人一人がリーダーな組織を実現しよう

あけましておめでとうございます。今年も書評をベースに書いていきたいと思います。どうかまたよろしくお願い致します。

先日の書評の元となった本(「採用基準」)に感化されて、今年は「リーダーシップ」に焦点をあてて、自身も部下や上司も含め、それぞれがリーダとなりうる組織の実現に向けて努力しようと思います。

先日書いた書評以外にも同書では気になった記述が多々ありましたので、それをベースにそんな組織作りについて少し語ってみようと思います。

決断の後には問題が噴出する

 決断するのはその必要があるから。問題が決して発生しないときまでじっと待って結論を出せればよいが、それは決断ではなく結論でしかない。問題はあるかもしれないが、前に進まなければならないときが来たら、決断しなければならない。なので、十分な議論や準備よりもタイミングを重要視し、そのあとに問題が噴出することはある意味想定内として対処すべきである。逆に言えば、問題が噴出したから悪い決断だった、という結論にはならないはずだが、往々にしてそう言われることも少なくないので、リーダーはその覚悟と責任を持つ必要がある。
 組織としてはリーダにすべてを頼るのではなく、こうして問題が噴出することをメンバとしても想定し、一緒に解決することが重要になる。要は、その問題解決にも、リーダはもちろん、メンバのリーダーシップが問われることとなるわけである。

リーダーがなすべきシンプルな4つのこと

 個人個人が以下の事柄を意識していく必要がある。

  1. 目標を掲げる
  2. 先頭を走る
  3. 決断する
  4. 伝える

 これについては返す言葉もないという感じだが、本書の表現が実にしっくりくるので引用しておく。

目標を掲げ、先頭に立って進み、行く道の要所要所で決断を下し、常にメンバーに語りかける。これがリーダーの求めれている4つのタスクなのです。

 まぁみんなで先頭を走ることはできないじゃないかという反論には、適材適所だったり掌握する範囲は個々人によって違うので、同じ分野で同時にみんなで先頭を走るということではない。それは他の事柄も同様である。
 組織としては、各メンバがどこで先頭を走るのかということを決めるとそこから責任も生まれるのではないかと。

バリューを出す、成果を生む

 リーダに限った話ではないが、組織の大小あっても成果を出すことが重要なのは言うまでもない。しかもそれはある時から急にできるという訳でもないため、普段からの自身の行動や部下の教育にちりばめておかなければならない。具体的には、ごく短い時間単位で「どんなバリューを出したのか?」を問われ続けることで仕事の生産性を向上させていく。よく会議で発言しない人は必要ないというが、トンチンカンな発言をするよりも良いのではないかと思っている人がいるかもしれない。しかし、トンチンカン発言は、ある意味場を混乱させ、よりよい結論を導く助けになる可能性がある。何よりその場にいる人が本当に同じ方向を向いているかを再確認できるかもしれない。可能性の問題で言えば、何も発言しないよりはバリューを出している(可能性がある)わけだ。
 本書ではこんな事例が紹介されていた。「とりあえず最初は資料を読んでおいて」と言われて読んだ後、自分はそれによってどんなバリューを出せますか?、と。「資料は理解しました」ではバリューを出せていないことは明らか。。。そういった常にバリューを意識することが成果の重要性の理解や成果にこだわる姿勢が身につくのである。

会議でリーダーシップをとる

 出席者に限らず、誰に何を確認したり依頼したりするのかを決定しておく。具体的には次の事柄を対象者ごとに決めておく。

  • 議論したいこと 
  • 依頼したいこと
  • 調整したいこと
  • 決めたいこと

※それぞれ上記の事柄を誰にという軸で2次元表を作っておいて、会議の冒頭と最後に確認するとよいと思う。

これらの目標を時間内にすべて達成できるように話を進めることができるようにすることが会議のリーダーシップである。

自分にあったリーダーシップスタイルを決める

 リーダーもスーパーマンではないので、どんな分野でどのようなスタイルを目指すのか、というところを考える必要がある。とりわけ、一人一人がリーダの組織を作る場合、被ったスタイルと異なるスタイルをうまく配置した方がきっと生産性は高い。また、強引な手法が得意なのかそうでないのか、というスタイル(タイプ)も配置には重要なため、その辺り自分はどうなのか?というところは強く意識しておく必要がある。そのためには自分は周りからどう見えているか、という部分も聞いてみたりして情報収集しておくと良い。

1人のカリスマではなくリーダの総量が重要

 リーダーは一人いれば良いということはない。それは日本政府で考えればわかり易い。総理大臣にカリスマが現れればすべてうまくいくだろうか。そうではなく、その脇を固める人材もそれぞれの分野でリーダーシップが必要である。つまり、組織は1人のリーダではなくうまく配置された様々なリーダの集合体であるべきである。
日本の総理大臣が度々変わるのは、国民がカリスマを求めているからか、または総理を固める周辺の人間がうまくリーダーシップを発揮できていないということが言えるのかもしれない。
 次の文章はなかなか心に残るものだった。

一人でしかも短期に何もかもをうまくいかせてくれるリーダたる人を待ち望むこと自体が幻想だという事にまず我々が気づかなければならない。

変わる組織とはどういう組織か

 大企業病のように長く組織に巻かれていると中々人は変われないというが、組織としてどんな組織は変われるのだろうか。新しいリーダが必要、ある意味それは当たってるかもしれない。でも前述したように新しいリーダー1人では何も変えることはできないことは明らかなのである。であれば、いわずもがな変われる組織とは、自分たちで変わる意思のある組織と言えよう。本書では次のように表現している。

 変わることができるのは「問題を解決し、今までとは異なる未来を作り出すのは自分たちだ。それを率いてくれる新しいリーダがやってきた」と考える組織です。(中略)構成員の中にも「自分がこの現状を変えていく」という意識を持つ人が一定数いて、初めてその組織は変わることはできるのです。

リーダーシップは突然発揮されない

 これも前述したとおりなのですが、本書から引用で。

日頃からごく簡単なことで日常的にリーダーシップをとっていなければ、非常時に「自分で判断し、結果責任をとる覚悟をもち、指示を出せる人」、すなわちリーダーシップを発揮できる人には成り得ません。

最後に

 今年は、自身はもちろん、こういうリーダーシップをとれるメンバで構成される組織を意識した足固めをしていきたいと思っている。
 色々と書いてきたが、重要なことは優秀なリーダーが入れば万事うまくいくということではなく、メンバである自分もリーダシップを発揮しなければ、何もうまくいかない(可能性が高い)ということだ。その意識をメンバ一人一人に意識付けていくことが一つと、そのために自分が先頭に立ってそれらをやり遂げることだろう。(ここからすでにリーダーへの道は始まっているw)。逆に言うと「自分が変えなければ」と思いすぎて実行することは、周りのリーダーシップを奪うことにもなりかねず、うまくいく可能性が下がるとも言える。
 本書にも書いてあるが、「TPP問題では日本に不利な条件を飲まされる可能性があるから参加しない」ではなく、「TPPで日本に有利な条件を勝ち取るにはどうすべきか」を考えて決断/行動し、日本国民を率いていくことが真のリーダーシップなのである。そして我々国民一人一人も、そうしたリーダに任せるだけではなく、仕事という枠を超えて、日本国民としてのリーダーシップとは何か、ということを考えなければならない、そんな局面にいるということを意味している。
 そしてそれは一朝一夕に獲得できるものではないので、簡単なことから、しかも日常的に、を意識して日々バリューを出せたかどうかを韓げていく必要があるだろう。

追記

 正月の兄弟の集まりで、兄と組織の話をしていると、「リーダーに全員がなれるはずはない。どうしてもそうなれない人はいるんだ。」と強く言われて考えた。確かに今までは自分もそうだと思っていたし、蟻だって2割は働かないという。2:6:2の法則というものがあるわけだ。ただここに書いたのは、誰もが100人を引っ張るリーダーになれというわけではない。リーダーにはそれぞれの範囲があって、部下がいなくてもリーダーとして振舞うことは可能であるのではないか。リーダーというから怖気づくのかもしれないが「リーダーシップを発揮する」と言えばもっとハードルは下がるように思えなくもない。ただそれでも兄の言うように一定数はどうしても発揮できない構成員もいるかもしれない。でも、ではそういった構成員がリーダーシップを発揮するようにするにはどうすれば良いか、それを考えるのもまたリーダーの仕事であることに代わりはない。

採用基準

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